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この間、世界に誇る八海山の火渡り大祭が無事に終わりましたが
「講中って何ですか?」と聞いてきたタカフミが
修行(?)に行き、見事なレポートを書きました。
地域を知ること・・・やっぱり大事なことだと思いました。

そこで、そもそも、この「神社」「神様」の事をあらためて考えました。
ガイドの時のあんちょこを引っ張り出して、むかーし習ったことを思い出し・・・
思う事をまとめます。

神社の数は新潟県が「日本一」

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神社本庁(東京)によれば、全国の法人格を持つ神社は約7万9千社。
そのうち新潟県には4,755社の神社があり
2位の兵庫県(3,836社)を大きく引き離しています。

その理由として

江戸時代、稲作に適した気候に恵まれ、大阪と北海道を結ぶ北前船の航路のあった日本海側は、
太平洋側より経済的に豊かであったそうです。

明治26年の調査においても、収穫高が大きい新潟県は人口も全国一(166万人)で、2位は兵庫県(151万人)、3位は愛知県(144万人)、4位が東京(135万人)だったんです。(新潟検定にも出たよ) (*^^)v

また昔は集落ごとに必ず神社を祀っていたこともあり、人口が多いということは、村が多く、
必然的に神社数も多かったということになりますね。

しかーし!

時の政府が進めた神社合祀政策の影響で、全国に19万社ほどあった神社が、
明治後半頃には11万社と激減していったのだとか…。
新潟県も8,200社から5,400社へと数を減らしたそうです!

それでも神社数が多い理由・・・

五穀豊穣を願うためです。

稲作には、水の管理や草取りなど、とかく地域での共同作業が必要となります。
協力し合ったり助け合ったりして、その都度、神様に祈祷したりお祭りを通し、
自然の恵みと祖先が脈々と繋いでくれた「命」に感謝しながら、
地域での人々のつながりを育んできたのだそうです。

自然と、ご先祖と、人々をつなぐ交流の場所 ― それが神社だったのです。
今の「地域づくり協議会」的存在だったのでしょうか…。

2004年に起きた中越地震では、多くの神社も被災

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「神社を修復できなければ、集落の復興などありえない。集会場を再建するよりもまずは神社の再建だ」
そのため、復興基金によって神社の再建が多く行われたそうです。
祠やお堂などの修復を含めると合計1,145件、総額約30億円にもなったそうです。信仰心の厚い新潟県民だからこそですね。

集落にある小さな神社でも、地位に密着し、昔ながらの祭りがあります。
被災した住民にとっては、まず何よりも地域コミュニティの「心のよりどころ」として、神社の再建が必要だったことがわかりますね。

なのでタカフミも地元の余川の歴史や祭り、受け継がれるコミュニティを学んだわけです。
得るものがあったはず・・・。

「神社本来のあり方や昔のコミュニティ」を原点とした「心のよりどころ」を

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現代の人口減少問題、都市化現象は、
もともとの農耕社会を基盤とした生活様式から大きな変化です。
さすがに、近所に誰が住んでいるかわからない。なんていう人はいないですよね?都会では当たり前のようになっているとか…。

そんな時代だからこそ、神社の果たすべき役割から学ぶ地域づくり
コミュニティ事業は大きいですね。

少子高齢化・人口減少を食い止めることは困難かもしれませんが、
「神社本来のあり方や昔のコミュニティ」を地域づくりの原点として
地域における「心のよりどころ」を、私たち一人一人が見つめなおすことが、
地域への愛着と誇りを持つ大きなきっかけとなるのではないのかなぁと
しみじみ思いました。

先祖代々の土地で、脈々と受け継がれてきた命と伝統を感じ、
自然の恵みに感謝しながら、地域の方と関わり、まずは知ること!そして知った事を
発信していきたいと思います。

記:小林昌子

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