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前回までのあらすじ

 

① 今年から南魚沼市の地域復興支援員になる。

         ⇓

② 昌子さんに
「自分の住んでいる地域もぜんぜん知らないのに、地域づくりなんてできないよ!」
と言われる。

         ⇓

③ 生まれ故郷の六日町地域・余川地区について調べ始める。

         ⇓

④ お盆にあった余川白山神社祭礼で余川八木節保存会による「八木節」(やぎぶし)という歌と踊りでチャカポコ、チャカポコしていた伝統民謡が気になる。

         ⇓

⑤ 「余川八木節保存会」について調べ始める。

         ⇓

⑥ うちのイチローじいちゃんがけっこう関わっていたことに驚く。

         ⇓

⑦ 余川八木節保存会・現会長 遠山氏の自宅へ行き、お話しを聞く。

         ⇓

⑧ 超貴重なお宝発見!?

 

前回までのレポート

 
▼余川八木節保存会とイチロー −自分の生まれた地域を知る Vol.2−
http://minamiuonuma.life/blog/muikamachi_area/8123
 
▼新潟県南魚沼市余川の歴史 −自分の生まれた地域を知る Vol.1−
http://minamiuonuma.life/blog/muikamachi_area/8030/
 
 

1冊のノートからたどる余川八木節保存会の歴史

 
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余川八木節保存会・会長 遠山さんのご自宅にお邪魔した際に、遠山さんが何かを思い出したかのように持って来られた1冊のノート。
 
そのノートは余川八木節保存会の議事録として代々、会長に受け継がれてきたものでした。
 
この中身は郷土史『余川誌』にも一切書かれていないし、インターネット上にも情報がない唯一、余川八木節保存会の歴史をたどることのできる貴重なものでした。
 
 
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他にも余川地区の八木節の歌詞やイベントの写真なども。
 
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余川八木節保存会 誕生まで

 
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昭和初期に余川地区の若者たちが踊りだした八木節踊り

 
 
元々、余川地区では1930年ごろ(昭和初期)に地域の娯楽として、あちこちで八木節踊りが盛んに行なわれていたそうです。一大ムーブメントだったと。

八木節は元々、群馬県と栃木県が発祥と言われる代表的な盆踊り。

余川に住んでいたある方が群馬の旅先で八木節踊りを習得し、村に帰ってきてから、若者たちを中心に教え、それが余川の八木節の始まりとなったといいます。
 
お祭りなどの舞台などでにぎやかに盛り上がり、余川独特の娯楽として定着し、「八木節をやらない者は余川の若者じゃない」とまで言われたようです。
 
当時は50人以上の余川地区の若者が関わっていたと。
 
しかし、そのころ、人類史上最大の第二次世界大戦(1939〜1945年)が勃発し、日本は混乱状態になり、徐々に余川地区で八木節が踊られることはなくなりました。
 
 

約30年ぶり(1995年)に余川の八木節踊りが復活!

 
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約30年の時を経て、1995年(平成7年)年末の余川地区であった忘年会で、1人の女性の方が「お祭りが最近、寂しいから八木節踊りの保存会を作ったらどうだろうか?」という一言から、その場に居合わせた全員が賛同し、余川八木節保存会の立ち上げに向けて動き出したそうです。
 
その立ち上げの時の議事録には、ばっちりうちのイチローじいちゃんの名前も!!
 
議事録によると、話し合いがあった忘年会から1ヶ月も立たないうちに余川公民館で「余川八木節保存会発起人会」が開催され、会議を重ね、翌年1996年(平成8年)4月に余川八木節保存会として、本格的に始動しています。
 
このスピード感は当時、地域の中心となっていた余川地区の方々の熱い思いが一体となったことがヒシヒシと伝わります。
 
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その後、お盆の余川白山神社祭典で復活祭ならぬお披露目を盛大にしようとみんなで決め、稽古や役回りの決定、会員募集、衣装準備、資金集めが始まりました。
 
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1996年(平成8年)8月15日 余川白山神社祭典で余川八木節復活祭

 
H8.8.15 白山神社祭礼 八木節復活記念
 
 
その年は当日、朝からどしゃぶりの雨が降り続いて、開催があやぶまれたらしいですが、直前になり奇跡的に晴れ間が差してきたそうです。

「今年の余川のお祭りで八木節があるらしい」と余川地区全体に噂は一気に広がり、例年に比べて多くの方々がお祭りに参加し、余川白山神社祭典は大成功に終わりました。
 
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見事復活した余川八木節保存会による八木節踊りは、その後、余川白山神社祭典だけではなく、ほくほく線開通記念式や六日町地域を中心とした各地のイベントで披露されました。

 
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その後、大人だけではなく、子どもの踊り子も加え、余川地区全体が八木節復活で盛り上がったとのことです。
 
 
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余川八木節保存会誕生から20年「子どもから大人に伝統を学ばせたい」

 
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そして20年が経った今でも余川八木節保存会による八木節踊りは余川白山神社祭典や上田ふれあいまつりなど、南魚沼市各地のイベントで披露されています。

現会長の遠山さんは現在、踊り手が少なくなってきていて、大人も子どももメンバーを大募集中だと話していました。
 
そして余川地区の住民に限らず、今後、南魚沼市全体のみなさんと八木節を一緒に踊ってもいいのではないか?という野望ももっているようでした。
 
また「子どもから大人に伝統を学ばせたい」と子どもの踊り子を増やしたいと話していたことも、とても印象的でした。

子どもたちが積極的に地域の伝統文化に触れていれば、おのずと親である大人たちは興味や関心を示しますからね。
 
時代の流れによって、失われたものや忘れかけられているものはたくさんあると思いますが、次世代の地域を担う私たちやこれまで地域を守ってきた方々が、こういった地域の先人たちの思いや歴史を知ることによって、地域の大切な伝統文化がしっかり受け継がれてきたんだなぁと実感しました。
 
 
余川地区には余川白山神社や飯綱山古墳群など、まだまだ興味深い歴史が多く存在しています。
 
これからも少しずつ掘り起こしていきたいと思います。
 
 
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前回までのレポート

 
▼余川八木節保存会とイチロー −自分の生まれた地域を知る Vol.2−
http://minamiuonuma.life/blog/muikamachi_area/8123
 
▼新潟県南魚沼市余川の歴史 −自分の生まれた地域を知る Vol.1−
http://minamiuonuma.life/blog/muikamachi_area/8030/

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