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塩沢地区まちづくり協議会の寺口事務長は、今日のこの日
7月15日・300年以上続く住吉神社例大祭の祭事の為に
大忙しでした。

それもそのはず、この塩沢祭りは、
ひとつの文化として塩沢の人たちが築きあげ、守ってきた祭りだからです。

老若男女を問わない、地域内の協力体制ができた中で、現代では
より、人と人との結びつきの強い地域を目指したコミュニティ行事の中でも
歴史のある行事です。

この日の事務長は大忙し。
月に2回(1日と15日)発行される、市報を各行政区に配布した後、
白丁に着替えて大役を務めます。

牧之通りの北の端にあるのが、こちらの「住吉神社」です。

約500年前の室町時代後期からという歴史ある神社で、
塩沢の土地と人々を守り続けてきました。

地域の人からは「住吉っさま」と親しまれています。

住吉さまは「海(水)の神」「農耕の神」ですが、
塩沢の住吉神社は新潟県内で唯一ご神体をお祀りしているのです。

天文元年(1532年)、魚野川の洪水の時に御神体が塩沢村に流れ着いて
百姓が拾い上げ、諏訪神社(現在の長恩寺裏)に祀ったことがはじまりとされています。

古の時代より稲作に励んできたこの地の者にとって住吉さまは
心の拠り所となっていたのです。

年に一度、このご神体は御神輿に乗せられ
町中を練り歩きます。

この神様を乗せるための御神輿が、とても価値のあるものだそうです。

享保8年に作られ、寛政元年(1789年)に
京都・栄天神から塩沢の人たちで購入した御神輿なのだとか。

こちらがその約220年前に作られたという神輿。
ふだんは社殿の脇に造られた「神輿殿」に納められています。
この神楽殿は昨年造られた総檜づくりの立派な社です。

15日朝、神楽殿から神輿が参道に出されました!

現在のこういう支度をして、京都から男衆が担いできたのだそうです。
半纏に赤い鉢巻は担ぎ手のシンボルです。

雅ですね・・・
500キロ近い重さがあるそうです。

神様を乗せて「渡御」(お供を従えて町中を練り歩く)
をする歴史と伝統のあるお祭りなのです。

さて、その、川から百姓が拾ったご神体とは・・・?

秘仏であるため「神官」以外、誰も見たことがございません。
見てはならないのだそうです。
祭りを仕切る神事係の方々でさえも見る事は許されません。

社殿の中の神様を、お外の神輿に乗せるとき
神官以外の人は見てはいけないので
神官は白い布で神様を覆い、抱きかかえて本殿を出ます。

厳かに歩いて、待機する御神輿に乗せますが
参道を歩くときには 、下の写真のように、神様を抱きかかえた神官ごと、白い布でぐるりと覆い
ご神体を隠します。

一年に一度
神社の社殿から外に出られる神様は嬉しくて嬉しくてワクワクでしょう・・・

ようやくお神輿に神様が乗りました。
チラリとも見えませんでした。

さて、待ちに待った神様の外出です。

『与丁』といわれる、その年の塩沢の42歳厄年の男性が神輿を担ぎます。

詳しくは、前厄15人 本厄30人 後厄5人の計50人の男性です。

御神輿の重さが約500キロ。
大勢で担いでも、とても重いのだそうですよ。

行列の準備が整いました。


このお神輿を家屋の二階や高いところから見下さないように
先頭には露払いが二人。
神様を見下す人がいないか、警護します。

天狗に神女

若党に稚児

お供に巫女

そして神官さま を先導に

神様が練り歩きます。

担ぎ手の
「よい~よい・よい~よい」の掛け声に
祇園祭りを思わせるような雅な笛太鼓を子ども達が奏でます。

前夜祭の軽快な囃子とは違う音色です。
長い行列の移動中、祇園囃子の子供達のお囃子は続きます。

昔はこの稚児行列も担ぎ手も、神様のお供という事で
希望者も多く 厄年の男性も町内だけで人数は足りましたが
今では子供が少なくて
また若者も少なくなり、町内だけでは成り立たず
町内の外からも助っ人を要請しなくてはならない事実。

こういった問題も抱えながら
それでもこの町の例大祭は、地域住民の誇りある伝統として
後世に繋げていかなければならないと、地域の方たちは仰います。

素晴らしい伝統と歴史ある塩沢祭りのご紹介を書きながら
あらためて浦佐の関事務長が言う
「文化は人がつくりあげるもの」
「繋げていくもの」の意を考えさせられました。

余談ですが

この稚児行列に60年前に参加したという85歳のお婆さんにお話を伺いました。

稚児行列の付き添いをするお母さんたちは
昔はみんな着物を着て引率したのだそうです。
それも自分が持っている着物の中で一番いい着物を着て!
無い方は他人さまからお借りしてまでして…と。
軽装では神様に失礼だと、代々教えられたのだと言います。

時代とともに、少しずつ変わっていく意識。
簡単に…簡単に…便利に…と、生活も風習も変わってゆくのは
昔を知るお婆ちゃんとしては悲しいというお話にもなんだかぐっときました。

記:小林昌子

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