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だんだんどうも、ドラえもんこと、上村絵美子です。

ステキな似顔絵を描いてもらいました♪

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南魚沼市役所大和市民センター(大和庁舎)のタイムカプセル。

その存在を知ったのは9月の下旬…↓

【30歳のバースデーパーティー!その2…Xデーは11月3日】

11月3日には掘り出しの瞬間に立会い…↓

【Xデー、到来!!】

そして11月7日には開封セレモニーにお邪魔してきました!

 

タイムカプセル開封セレモニー

 

会場は南魚沼市役所大和庁舎。

ここにタイムカプセルが埋められていました。

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この大和庁舎のタイムカプセルでポイントとなるのは3つの年です。

60年前の昭和31(1956)年、旧大和町が誕生。

30年前の昭和61(1986)年、合併30周年記念式典でタイムカプセルを埋設。

そして現在、平成28(2016)年のタイムカプセル開封です。

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旧大和町が誕生した昭和31年はどんな年だったかというと、

戦後の高度経済成長期で道路や鉄道の整備は今ほど進んでおらず、

農地開拓が行われるなど、まだまだ昔ながらの農村の暮らしが中心でした。

 

それから30年の間に上越新幹線や関越自動車道が通り交通網が発達し、

日本初の大学院大学である国際大学や、北里大学保健衛生専門学院が創立、

ゆきぐに大和病院の開院など、旧大和町はめざましい発展を遂げました。

それらが最も盛んだったのが昭和61年でした。

ちょうどバブル景気が到来し、人々の生活が豊かになり、

希望に満ち溢れていた…そんな時代にタイムカプセルの埋設が行われました。

 

その後も県立国際情報高等学校の創立など様々な設備が整っていきましたが、

平成16(2004)年に旧六日町と合併して「南魚沼市」となり、

「大和町」という町名は失われてしまいました。

最近では、関越自動車道大和パーキングエリアに

ETC専用のスマートインターチェンジが設置され、

新潟大学地域医療教育センター・魚沼基幹病院が開院するなど、

旧大和町は教育と医療、そして交通アクセスの良さを活かした

観光拠点としての面も持ち合わせた町として発展を遂げ、今日に至りました。

 

タイムカプセルの開封式典会場では何やら音楽が…

BGMで大和地域の民謡(サンヨ節・薮神音頭・大崎小唄・八色小唄・大和よいとこ)

が流れており、和やかな雰囲気でセレモニーが始まりました。

式典実行委員長である浦佐地域づくり協議会の大竹靖彦会長よりご挨拶。

「大和町から南魚沼市へと変わっていったが、

これからも大和地区が発展していくことを願う気持ちは変わらない。

市民が輝き、生きがいの持てる地域にできるような

地域づくりをしていきたい。」

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(浦佐地域づくり協議会・大竹靖彦会長)

 

井口一郎南魚沼市長からは

「タイムカプセルには旧大和町の人たちの想いが詰まっている。

これを機に“温故知新”、過去をふり返って学び、

これからの南魚沼市に活かしていってほしい。

住民が地域への愛着を持つことで、地域が発展していく。」

という祝辞がありました。

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(南魚沼市長・井口一郎氏)

 

また、式典では大和町時代の関係者によるスピーチも行われました。

元議会議長の井口寛氏は、タイムカプセルが埋設された当時は

どんなにエネルギーに溢れた時代であったのかをお話しくださり、

「大和町から南魚沼市になっても、

どんなに交通や通信などが便利になって時代が変わっても、

私たちの足元にある大地や周りの山々、川の流れは変わりません。

それはこれから先にも同様に言えることです。」という言葉からは、

自然との共生や積み重ねられてきた歴史を考えさせられ、

これからもそういったことが地域の支えになるのではないかと

改めて感じました。

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(元議会議長・井口寛氏)

 

子どもたちが夢見た未来

 

それから、タイムカプセルには当時の子どもたちが書いた作文が入っていました。

昭和61年にタイムカプセルを埋設するにあたり、

「30年後の大和町」というテーマで旧大和町内の小学生~中学生に

作文を書いてもらったそうです。

小学校低学年・中学年・高学年・中学生に部門を分け、

それぞれの優秀作文に選ばれたもの、ということで

中には4人分の記念作文が入っていました。

 

その中でも小学校中学年の部で優秀作文に選ばれた、

薮神小学校出身の黄瀬さんという女性が市内に在住しており、

開封セレモニーでスピーチを行いました。

(残念ながら顔出しNGとのことで、写真は載せられません(>_<))

30年前に作文が選ばれた際は、浦佐にあるコミュニティホールさわらびで

発表会が行われましたが、タイムカプセル埋設式典への参加はされなかったそうです。

当時は子どもから大人まで、みんなが希望に満ちあふれて

キラキラしていた時代だったそうです。

この日、作文の読み上げは残念ながら行われませんでしたが、

作文の中にはボタン一つで生活が豊かになるような、

ハイテクな時代への夢が描かれていたそうです。

30年前の小学生が描いた、夢のような世界には

まだ少し遠いかもしれませんが、当時と比べると

今の時代は様々な技術が進歩し、便利な世の中になりました。

通信一つを取って見ても、昔はダイヤル式の電話が一家に一台あれば十分でしたが、

今は一人一台携帯電話やスマートフォン(=小さなパソコン)を持っています。

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便利な時代になりましたが、それにより事件や事故が起こってしまうのは

悲しいことだと黄瀬さんはおっしゃっていました。

また、これからの大和町に対しては、地域住民同士の繋がりや支えあいから、

住みやすい、住みたくなるようなより良い地域になっていってほしいという、

“新たな夢”をお話くださいました。

 

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タイムカプセルの中には、昭和61年当時の資料がたくさん…。

 

過去からのメッセージ、そして未来へ

 

そして、前回のブログでも登場した、当時の町長からの

メッセージが入ったカセットテープの音声が会場内に流れました。

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昭和61年当時の大和町長だった関新一さんは、残念ながら

今年の春にお亡くなりになったため、このメッセージは本当に貴重なものとなり、

その声を懐かしんでいる方も多くいらっしゃいました。

メッセージの内容は、大和町合併の昭和31年~当時昭和61年までの

時代の変化のふり返りや、タイムカプセルが開封される30年後、

またその先もより素晴らしい時代となることを願ったものでした。

その中では、井口市長が式典の初めに行った祝辞でも

出てきた“温故知新”という言葉が出てきて、

30年前の大和町長と現代の南魚沼市長の気持ちが

繋がっているようで、感慨深いものがありました。

 

昭和31年に大和町が誕生してから、今年で60年。

人間でいえば、ちょうど還暦を迎えました。

今は旧大和町・旧六日町・旧塩沢町が合併し、

南魚沼市となりましたが、地域を愛し、

地域をより良いものにしたいという人々の想いは昔も今も変わらず、

そしてこれから先も変わらずに受け継がれていってほしいと感じました。

タイムカプセルが埋められた昭和61年に生まれた子どもたちは

現在30歳、これからの時代で中心となっていく年代です。

私もその一人ですが、30年後、自分が還暦を迎えるときに

次の世代に自信を持って地域の歴史や文化を伝え、

地域を愛する気持ちを受け継いで行けるように

これからの時代を過ごしていきたいです。

 

タイムカプセルに入っていた埋蔵物は、12月上旬頃から

南魚沼市役所大和庁舎ロビーに展示される予定です。

また、大和町~南魚沼市の歴史をまとめた年表が

年内には大和地域全域に配布される予定です。

大和庁舎周辺へお越しの際はぜひ埋蔵物をご覧ください。

また、年表がお手元に届いた際は、ご自身の歴史も合わせて

ふり返ってみるのはいかがでしょうか。

 

南魚沼市役所大和庁舎

住所:新潟県南魚沼市浦佐1188-2

 

記:上村 絵美子

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